「ちがうことが前提」を当たり前に
モノもヒトも情報も目まぐるしい速さで行き交う現代。これだけ様々な価値観や考えもそれらと共に流入してきているのに、まだまだ「マジョリティ」が強い。そして、その「マジョリティ」の規定する世界が狭い。そこからはみ出した人はどこにいけばいいのだろう。
日本で生活をしていると、その絶望感に度々襲われそうになる。そして、そのように感じるのは、多くの人々が自分の価値観や立ち位置を過度に信じ込み、それについて振り返る機会が少ないからではないかと思う。
旅は常に「それは本当に常識なのか」「それは当たり前だと言えるのか」という問いを突きつけてくる。様々な人と文化と価値観と出会うたびに、自分の足元がぐらつく。だから、自分と異なる考えや行動をする人と出会っても、自分のものさしですぐ判断することがなくなる。というより、判断できなくなるのだ。それよりも、その後ろにある考えに思いを巡らす。
旅を通して沢山の異なるものに出会い、自分に向き合い、「ちがうことが前提」と考える人が増えてほしいと、そんな人で構成された社会であってほしいと思う。
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