ブラウンチーズ作りからSDGsについて考える

ブラウンチーズはチーズ作りの過程で大抵は捨てられてしまうホエーを煮詰めて作る食べ物である。したがって、日本でもホエーを再利用する一つの方法として採用できるのではないかと期待して、今回ブラウンチーズ工房を訪ねた。実際に体験することで考えたことをまとめるというか羅列する。

ブラウンチーズ作りは「ホエーを捨てない」ということに関しては、SDGsの取り組みの一つに該当するかもしれない。しかし、実際にブラウンチーズ作りを体験してみて、約1日半、約36時間ほど煮詰めており、その間絶え間なく電気を使い続けていた。電気は化石燃料を使って発電しているところも多く、その場合燃やすとCO2を排出することになる。それを考えると、決して環境にやさしい活動とは言えない。

そしてブラウン作りで待てば待つほど、なぜこんなに時間と電気代をかけてまでブラウンチーズを作るのか?という疑問が強くなってきた。ので、単刀直入に聞いてみた。すると3つの答えが返ってきた。
①ブラウンチーズは冬の間の寒い時にエネルギーになる
②ノルウェー人はブラウンチーズが好き(実際お店に買いに来ていたのはほぼノルウェー人だけだった)
③高く売れるのでビジネスとしていい

なるほど。昔は火を使っていたから電気を消費することはもちろんなかったのだ。エネルギーの消費というのは現代だからこその問題として台頭してきたものなのだ。また、ブラウンチーズは長い寒い冬を越すためのマストアイテムであったのだろう。きっとノルウェーの厳しい自然環境と気候だからこそ生まれた食べ物だったということがわかった。

また、ブラウンチーズを作る過程ではとにかく「待つ」ことを飽きるほどした。しかし、この「待つ」間、お茶をしたり、話をしたり、手のマッサージをしたり、焚き火をしたり…と様々な人と様々な形で交流ができ、充実した時間を過ごすことができた。この「待つ」という行為は現在の資本主義社会では煙たがられる行為だが、その行為が与える豊かさに驚いた。それももしかしたらブラウンチーズ文化の一部ではないか?

ブラウンチーズはノルウェーの国民食と言っても過言ではないほどポピュラーな食べ物である。ギフトとして贈られることもよくあるそうだ。つまり、ノルウェー人が誇りを持っている食べ物の一つなのだ。ノルウェーは様々な国から侵略された歴史を持っていることからもノルウェー固有のブラウンチーズというものが一つの誇り、アイデンティティーとして築かれてたのではないか?

ブラウンチーズ作りからSDGsを考えたときに、目標12のフードロスを防ぐ活動としては素晴らしいが、その製造過程でエネルギーを消費するため、目標13の気候変動への対策としては問題がある。ただ今回感じたのは、ブラウンチーズというのはただの乳製品ではなく、ノルウェーの厳しい自然環境から生まれた、そして待つという豊かな行為を必要とするノルウェー固有の文化の一つであるということだ。そのような特徴的な文化を、単純にエネルギーを大量に消費するからという理由だけで批判することはできないように思う。

となると、ここでSDGsが目指す「持続可能な社会」の意味について問い直す必要性を感じる。もちろん物理的に地球そのものがなくなってしまえば元も子もないため地球環境の保全は第一義である。しかし、そこに住むのは人間。自分たちの国や文化に誇りを持つということは、自分が自分であることを受け入れ認めることである。それができることは、異なる文化や風習をもつ人々のこともまた自分と同様に認めることを意味する。そのような関係性が他者と結ぶことができたら、お互いが手を取り合って様々な問題に取り組んでいくことに繋がらないのか。

SDGsが世界的にクローズアップされ、自分も含めその言葉を安易に使い、その価値観の正当性に支配されていないだろうか。伝統的な文化とSDGsの価値観が対立した時にどのようにして考えていけばいいのだろうか。今回のブラウンチーズ作りはたくさんの考えるべき宿題をくれたように思う。


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